第4話 42歳と62歳、審査の壁~ひとつ進んで、またひとつ壁~

起業物語

事務所として借りられる物件は、
もうほとんど当たり尽くしていた。

「もう、他にないんですかね……」

そんなことを、不動産屋さんに相談してみた。

すると担当の方は、私たちの会社について詳しく聞き始めた。

「卸売り・商社とありますが、業務委託になるので、在庫を持つお仕事ではないんですね?」

「はい」

「事務所では、電話やパソコンでの業務が中心ということですね?」

「そうです」

それまでにも何件か不動産屋さんを回っていたけれど、
ここまで仕事の内容を詳しく聞かれたことはなかった。

「何の会社ですか?」

と聞かれて、

「建設資材の販売です」

と答える。

だいたい、それで終わっていた。

でも、この人は違った。

私たちが事務所をどう使うのか。

そこまで知ろうとしてくれた。

そして、少し考えてから言った。

「住宅用の物件にも聞いてみましょうか」

「住宅用でも大丈夫なんですか?」

私は驚いた。

てっきり、最初から「事務所利用可」と書いてある物件の中から探すしかないと思っていた。

「1階に店舗や事務所が入っているマンションなら、上の階も事務所利用OKになることが結構あるんです」

そして、その人は、

「せめてみましょう。大丈夫ですよ」

と言った。

その言い方が、なぜだかとても安心できた。

「絶対大丈夫です」と無責任に言うわけでもない。

強引に契約を勧めるわけでもない。

でも、不思議と、

この人がそう言うなら、大丈夫かもしれない。

そう思えた。

今思えば、その人はただ物件を探していたわけではなかったのだと思う。

「卸売り」と書いてあれば、
在庫を置くのではないか。

トラックが出入りするのではないか。

人の出入りが多いのではないか。

大家さんから見れば、そう思われる可能性もある。

でも実際の私たちは違う。

在庫を持つわけではない。
事務所に商品を運び込むわけでもない。

基本的には、電話とパソコンで仕事をする。

だから、そのことをきちんと確認して、
「この会社なら住宅用の物件でも相談できるかもしれない」

と考えてくれていたのだ。

書いてある条件だけを見て、

「事務所不可なので無理ですね」

で終わらせるのではなく、

どうしたら借りられるのかを考えてくれる。

それまで何件もの不動産屋さんを回っていたのに、
私はもう、他へ行こうとは思わなくなっていた。

ここで、この人に探してもらいたい。

そう思った。

頼まれたことをするだけではなく、
相手の事情を知って、その先まで考える。

私はこの人から、

一つ上の仕事をする人って、こういう人なのかもしれない。

と教えてもらった気がした。

そして――

何件目だっただろう。

ようやく、ひとつ。
話が進みそうな物件が出てきた。

ただし、条件があった。

「まだ入居中なので、退去後すぐに契約していただく形になります」

つまり――

中を見ることができない。

「どうする?」

社長が私を見る。

正直、迷った。

家賃も、予定していた金額より高い。
中も見ていない。

普通なら、

「ちょっと考えます」

と言うところなのかもしれない。

でも。

何件も探して、
何件もうまくいかなくて。

私はもう、ここで止まりたくなかった。

「……いきましょう」

社長は、すぐにうなずいた。

こうして。

42歳と62歳。

ようやく、事務所が決まった。

予算オーバー。
しかも、中を見ないまま契約。

今考えると、
なかなか思い切ったことをしたと思う。

でも、あのときの私たちには、
それが一番現実的な選択だった。

会社ができた。

事務所も決まった。

これでようやく、
仕事をする場所ができる。

あとはパソコンを買って、
複合機を入れて、
電話を置いて、
机や椅子を揃えて――。

少しずつ会社らしくなっていく。

そう思っていた。

ところが。

またひとつ、
私たちの前に壁が現れた。

日本政策金融公庫の融資審査に落ちた。

お金を、借りることができなかった。

「……なんで?」

画面を見ながら、
頭の中が真っ白になった。

会社を始めるには、お金がいる。

事務所の契約。
パソコン。
複合機。
電話。
机。
椅子。

これから次々と支払いが始まるのに。

どうしよう。

そして私は、真っ先にこう思った。

私の申請書が、よくなかったんだ。

→次回 第5話「42歳と62歳、続:審査の壁。」

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