事務所として借りられる物件は、
もうほとんど当たり尽くしていた。
「もう、他にないんですかね……」
そんなことを、不動産屋さんに相談してみた。
すると担当の方は、私たちの会社について詳しく聞き始めた。
「卸売り・商社とありますが、業務委託になるので、在庫を持つお仕事ではないんですね?」
「はい」
「事務所では、電話やパソコンでの業務が中心ということですね?」
「そうです」
それまでにも何件か不動産屋さんを回っていたけれど、
ここまで仕事の内容を詳しく聞かれたことはなかった。
「何の会社ですか?」
と聞かれて、
「建設資材の販売です」
と答える。
だいたい、それで終わっていた。
でも、この人は違った。
私たちが事務所をどう使うのか。
そこまで知ろうとしてくれた。
そして、少し考えてから言った。
「住宅用の物件にも聞いてみましょうか」
「住宅用でも大丈夫なんですか?」
私は驚いた。
てっきり、最初から「事務所利用可」と書いてある物件の中から探すしかないと思っていた。
「1階に店舗や事務所が入っているマンションなら、上の階も事務所利用OKになることが結構あるんです」
そして、その人は、
「せめてみましょう。大丈夫ですよ」
と言った。
その言い方が、なぜだかとても安心できた。
「絶対大丈夫です」と無責任に言うわけでもない。
強引に契約を勧めるわけでもない。
でも、不思議と、
この人がそう言うなら、大丈夫かもしれない。
そう思えた。
今思えば、その人はただ物件を探していたわけではなかったのだと思う。
「卸売り」と書いてあれば、
在庫を置くのではないか。
トラックが出入りするのではないか。
人の出入りが多いのではないか。
大家さんから見れば、そう思われる可能性もある。
でも実際の私たちは違う。
在庫を持つわけではない。
事務所に商品を運び込むわけでもない。
基本的には、電話とパソコンで仕事をする。
だから、そのことをきちんと確認して、
「この会社なら住宅用の物件でも相談できるかもしれない」
と考えてくれていたのだ。
書いてある条件だけを見て、
「事務所不可なので無理ですね」
で終わらせるのではなく、
どうしたら借りられるのかを考えてくれる。
それまで何件もの不動産屋さんを回っていたのに、
私はもう、他へ行こうとは思わなくなっていた。
ここで、この人に探してもらいたい。
そう思った。
頼まれたことをするだけではなく、
相手の事情を知って、その先まで考える。
私はこの人から、
一つ上の仕事をする人って、こういう人なのかもしれない。
と教えてもらった気がした。
そして――
何件目だっただろう。
ようやく、ひとつ。
話が進みそうな物件が出てきた。
ただし、条件があった。
「まだ入居中なので、退去後すぐに契約していただく形になります」
つまり――
中を見ることができない。
「どうする?」
社長が私を見る。
正直、迷った。
家賃も、予定していた金額より高い。
中も見ていない。
普通なら、
「ちょっと考えます」
と言うところなのかもしれない。
でも。
何件も探して、
何件もうまくいかなくて。
私はもう、ここで止まりたくなかった。
「……いきましょう」
社長は、すぐにうなずいた。
こうして。
42歳と62歳。
ようやく、事務所が決まった。
予算オーバー。
しかも、中を見ないまま契約。
今考えると、
なかなか思い切ったことをしたと思う。
でも、あのときの私たちには、
それが一番現実的な選択だった。
会社ができた。
事務所も決まった。
これでようやく、
仕事をする場所ができる。
あとはパソコンを買って、
複合機を入れて、
電話を置いて、
机や椅子を揃えて――。
少しずつ会社らしくなっていく。
そう思っていた。
ところが。
またひとつ、
私たちの前に壁が現れた。
日本政策金融公庫の融資審査に落ちた。
お金を、借りることができなかった。
「……なんで?」
画面を見ながら、
頭の中が真っ白になった。
会社を始めるには、お金がいる。
事務所の契約。
パソコン。
複合機。
電話。
机。
椅子。
これから次々と支払いが始まるのに。
どうしよう。
そして私は、真っ先にこう思った。
私の申請書が、よくなかったんだ。
→次回 第5話「42歳と62歳、続:審査の壁。」


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