退職後、有休消化中。
久しぶりに、時間ができた。
最初の数日は、何をするでもなく過ぎていった。
朝、ダラダラしながら夫と息子を見送る。
昼間からテレビをつけて、
なんとなくスマホを見て、
気づいたら夕方。
「あれ、もうこんな時間?」
そんな毎日だった。
これが、思っていたより心地いい。
長いこと働いてきたんだから、
ちょっとくらい休んでもいいよね。
そう思いながら、
しっかりダラダラしていた。
でも。
大きな予定ができた。
62歳の部長と、会社をつくる。
……会社をつくる?
改めて考えると、すごいことを言っている。
そして、ふと思った。
「で、会社ってどうやって作るの?」
42歳。
会社員経験はそれなりにある。
でも、
会社の作り方なんて、一度も習ったことがない。
社長になる予定の62歳も、
もちろん会社をつくるのは初めて。
62歳、新米社長。
42歳、新米……何なんだろう。
とにかく二人とも初心者だった。
まず、会社の登記は司法書士にお願いすることになった。
会社の名前を決めて、
必要な書類を揃えて、
言われたところに名前を書く。
印鑑を用意して、
資本金を決めて。
ひとつずつ進めていく。
ただ、私はその間ずっと、
「これで合ってるのかな?」
と思っていた。
何が必要なのか。
何を決めなきゃいけないのか。
このあと何をしなきゃいけないのか。
分からないことすら、分からない。
だから、
人に聞くほどでもないことや、
42歳にもなって、今さらこんなこと聞けないな……
ということは、
こっそりチャッピーに聞いた。
ChatGPT。
「資本金って何?」
「登記って何?」
「これって普通なの?」
今さら人には聞きづらい。
でも、知らないものは知らない。
そんなときだけ、
スマホを開いてこっそり聞く。
何回聞いても怒られない。
これは、なかなか便利だった。
もちろん、大事なことは専門家に確認する。
登記は司法書士さん。
税金は税理士さん。
労務関係は社労士さん。
分からないことを整理するのは、
チャッピー。
「これは、分かる人に任せよう」
社長が言った。
こういうところは早い。
分からないことを、
無理に自分たちでやろうとしない。
社労士さんと税理士さんにも、
お願いすることになった。
さらに、社長の知り合いのA社長が間に入ってくれた。
このA社長が、とにかく頼りになった。
「あれが必要です」
「これはこうしましょう」
言われるままに動いていく。
正直に言うと、
私は何をやっているのか、半分くらい分かっていなかった。
「これ書いてください」
「はい」
「これ用意してください」
「はい」
本当に、こんな感じだった。
それでも、
「会社をつくる」
という、居酒屋で何度も冗談みたいに話していたことが、
少しずつ現実になっていった。
そして、ある日。
部長から連絡がきた。
「できたぞ」
「……何が?」
「会社」
会社が、できた。
え。
もう?
もっとこう、
苦労して、
走り回って、
最後に「ついに完成しました!」みたいな、
感動的な瞬間があるものだと思っていた。
でも実際は、
司法書士さんにお願いして、
必要なものを揃えて、
言われたものを書いて、
待っていたら——
会社ができた。
思っていたより、ずっとあっさりだった。
「会社って、こんな感じでできるんだ……」
42歳。
またひとつ、
知らなかったことを知った。
「どうする? とりあえず飲むか」
62歳の部長改め、新米社長は、
会社ができても、いつも通りだった。
結局、向かったのはいつもの居酒屋。
Aさんたちも一緒だった。
「会社設立、おめでとう」
グラスを合わせる。
ガツンっとジョッキが鳴った。
第1話でも聞いたような音。
でも、
あのときとは少し違う。
あのときは、
ただの42歳の会社員と、
62歳の部長だった。
今日は、
42歳の私と、62歳の新米社長。
「とりあえず、ここまでは来たな」
社長がそう言って、
いつものようにビールを飲む。
私は少しだけ、ほっとしていた。
会社ができた。
ちゃんと1歩進んだ。
私、変われるかもしれない。
そんな気がした。
でも。
このときの私たちは、
まだ何も知らなかった。
会社はできた。
だけど——
事務所がない。
仕事をする場所がない。
パソコンもない。
そして何より、
会社をつくるより、
その先のほうが、ずっと大変だった。
「……まあ、なんとかなるでしょ」
私はそう言って笑った。
62歳の新米社長も、
「なんとかなるよ」
と笑った。
この人の「なんとかなる」を、
この先、私は何度聞くことになるんだろう。
その日はまだ、
そんなことも知らずに、
「とりあえず、もう一杯いきますか」
空になったグラスを見て二人で笑った。
→ 第3話「42歳と62歳、事務所が借りられない。」


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