第3話 42歳と62歳、事務所が借りられない~起業直後の事務所探し~

起業物語

会社ができた。

次は、事務所だ。

会社を作ることができたんだから、
事務所くらい普通に借りられるだろう。

このときの私は、
わりと本気でそう思っていた。

事務所を探し始めて、
最初に思った。

——ない。

思ってたより、全然ない。

駅から近くて、

家賃はこのくらいで、

事務所として使えて、

できればキレイで。

「このくらいならあるでしょ」

と思って条件を入れて検索すると、

ない。

条件をひとつ外してみる。

……ない。

もうひとつ外してみる。

……やっぱり少ない。

「こんなにないもんなんだな」

62歳の新米社長が、
スマホを見ながらぼそっと言った。

私も同じ画面を見ながら思った。

会社より、事務所のほうが難しいんじゃないか?

それでも、
いくつか候補を見つけて内見に行った。

一件目。

悪くない。

悪くないんだけど、

「ここだ!」

という感じでもない。

二件目。

「ここ、いいかもね」

少し期待した。

駅からも遠くない。

広さも十分。

不動産屋さんの反応も悪くなかった。

もしかしたら、
ここで決まるかもしれない。

少しだけ安心した。

そして三件目。

不動産屋さんで話をしていると、
担当の方から聞かれた。

「代表の方、おいくつですか?」

「62」

社長が答えた。

その瞬間だった。

気のせいかもしれない。

でも、

さっきまでと少しだけ、
空気が変わったような気がした。

——あ。

普段、一緒に仕事をしていると忘れてしまう。

茶髪だし。

声は大きいし。

よく飲むし。

とにかく元気だし。

私の中では完全に
「いつもの部長」だったけど、

この人、62歳なんだ。

「一度、確認させていただきますね」

担当の方が席を外した。

待っている時間が、
やけに長く感じた。

そして数日後。

「今回はちょっと……」

ダメだった。

それからも、

一件。

また一件。

なかなか話が進まない。

理由をはっきり言われるわけではない。

だから本当の理由は分からない。

できたばかりの会社だから?

実績がないから?

代表が62歳だから?

それとも、

単純に条件が合わなかっただけ?

考え始めると、
全部が理由に思えてきた。

そして私は、

今さら聞けないことを
また、こっそりチャッピーに聞いた。

「新しく作った会社って、事務所借りにくいの?」

どうやら、

新しい会社だからというだけで、
必ず借りられないわけではないらしい。

でも、審査では会社の実績や事業内容、
代表者など、いろいろなことを見られることがある。

なるほど。

つまり——

簡単じゃないってことね。

会社を作るときは、司法書士さんに言われたものを用意したら、会社ができた。

だから私は、

会社ができた時点で
ちょっと勘違いしていたのかもしれない。

会社を作ることと、

会社として信用してもらうことは、

全然、別だった。

「まあ、そう簡単にはいかないよな」

社長は、あまり気にしていない様子だった。

「次いけばいいよ」

そう言って、

もう次の物件を探している。

この人は、
切り替えが早い。

私はというと、

全然、切り替えられていなかった。

会社はできたのに。

まだ場所すら決まらない。

このまま事務所が見つからなかったら?

仕事はどうするの?

頭の中では、

どんどん悪い方向に考えていた。

でも社長に、

「大丈夫?」

と聞かれると、

「大丈夫です」

と答えていた。

本当は、全然大丈夫じゃない。

42歳。焦る。

その日の帰り。

なんとなくそのまま解散する気になれなくて、

結局、また飲みに行った。

「まあ、そのうち決まるって」

社長はいつも通りだった。

出た。

「なんとかなる」精神。

私はうなずきながら、
グラスを持った。

一口飲む。

……味が、よく分からない。

いつもなら、

「おいしい」

くらいは思うのに。

その日は、
ただ流し込んでいるだけだった。

ダメだな。

そう思いながら、

「もう一杯だけ」

と言った。

焦る気持ちをかき消すように、お代わりしたビールを勢いよく飲んだ。

→ 第4話「42歳と62歳、審査の壁。」

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